小橋君。
彼もコチラの記事で紹介したS君と同じく、私の元同僚であり、東証一部上場IT企業に勤めるプログラマ兼SEでした。入社4年目の小橋君は理系出身なだけあり、プログラミングもかなりの上級者で先輩や上司からも頼られる存在です。日々降りてくる案件を持前の技術力でどんどんクリアしていきました。
そんなバリバリのプログラマ小橋君ですが、ある日を境に会社を辞めることになります。
そう、うつ病になってしまったのです。
担当案件大炎上そして過労
小橋君は元より仕事が好きで、難しくハイレベルな案件をこなしていくことが楽しくて仕方ありませんでした。そして絶対に成し遂げてやる!そんな責任感に溢れた姿勢で仕事に取り組む毎日でした。
皆から頼られる小橋君はある案件にサブSE兼プログラマとしてアサインされることになりました。この案件が後に大炎上を引き起こし、小橋君が辞める原因となってしまうのです・・・。
その物件は、会社規模で開発を行ってリリースされたシステムをカスタマイズして取引先に納品するというものでした。
しかし、その大元のシステムがバグだらけ。直しても直しても不具合が生まれるばかり。
本来であればプロジェクトを一旦止めて、もっと大元で修正を行い再リリースすべきでしたが、その時は全社的に混乱が発生しており、不具合修正は全て各担当と現場レベルでの個別対応となる状態でした。今考えると会社のプロジェクト管理体制に問題ありでした。
当然その物件を担当している小橋君にもその波が及びます。しかもSE兼プログラマ。
しかし小橋君はプログラム好でしたし、持ち前の責任感から必ずやり遂げてやる!という姿勢を崩しませんでした。
そして取引先からの重圧とプログラム修正の両方に追われ、眠れない日々が続きます。
来る日も来る日も修正修正修正・・・・気づけば朝4時。そして休日出勤。そして朝5時。そして休日出勤・・・。
残業時間が多いことから産業カウンセラーの面談をさせられましたが、その産業カウンセラーがテキトーな人で、全く小橋君の話を聞く事をせず、ただ機械的に事務処理を進めるクソみたいなカウンセラーでした。
そんな状態が2ヵ月半ほど続いたある日の朝、小橋君の身体は布団から起き上がれなくなってしまったのです。
クソ上司と人事部そしてうつ病発症
身体がどうしても動かすことが出来ません。そして何も考えることが出来ません。天井を見上げていると自然と涙が出てきます。
あんなに仕事が好きだったのに。あんなにやる気があったのに。
想いと反して身体が言う事をきいてくれません。
「もう仕事辞めたい・・・」就職して初めてそんな考えてが頭をよぎります。
当然「何してんだ!?」と会社からの電話。しかしその電話に反応する事すらできない状態でした。
家に突撃してくる上司。ドンドン!!とドアを叩く音におびえながら布団にうずくまります。
2週間後、少し体調を取り戻した小橋君は何とか会社に出勤します。(私ならもう出勤できません・・・)
そして人事部の担当者との面談が行われました。
そこで人事部の放った一言は
「うつ病になるよう人は仕事を楽しんでないだけだと思うんだよねー結局。」
この一言が小橋君にとどめを刺しました。
テメーは何を言ってるんだ?と。
(今思えばこの人事部の一言はホントにダメですね。とても人事担当者とは思えません。)
完全に心が折られてしまった小橋君は、その後二度と会社に現れることはありませんでした。
退職そして傷病手当と失業保険
その後小橋君は結果的に会社を辞めることとなります。
S君同様に辞める際は一度も会社には行かず、書類とメールのみで辛うじてやり取りを行っていました。
それからしばらくはとても仕事ができる精神状態と身体ではなかったため、結果的に1年間ほど療養を取る事になります。
医師からは正式にうつ病と診断されており、その診断書のおかげで傷病手当を毎月受け取る事ができました。そのおかげで何とかしばらくは生活していくことができました。
小橋君としては傷病手当金という形でこれまで加入していた健康保険に初めて助けられる事になりました。
※うつ病で仕事を辞めた方は傷病手当が高確率で受給できるのでちゃんと申請しておきましょう。最大で18ヵ月の受給が可能です
現在は会社を立ち上げ独立
その後約2年の月日が経ち、小橋君は現在自分の会社を立ち上げ独立しました。
転職活動も試みましたが、以前の会社の事もあり、誰からも縛られない1人会社でインターネット関連の事業を展開しています。
勇気をもって開業した小橋君は現在も軌道にのってビジネスを拡大しており、現在は結婚して安定して幸せな生活を送ることが出来ています。
今でも小橋君は私の大親友です。